働くことは、嫌いじゃない。働いている時間はお金と成るわけだから、時間を浪費しているかもしれない、なんていう焦燥感をごまかすことができる。貴重な10代と名のつく時間の中のごく一部をドブになど捨てていないと言い切れるからだ。
同じ状態でいること・あることほど難しいことはないと思っている。全ての変化について楽しめる程大人ではないし、いちいち駄々をこねる程元気があるわけではない。子供のあの圧倒的なパワーには負ける。持て余した気持ちはいつも手放す、抱き続けるには力がいるからだ。
達観していたいわけではなく、幼くありたいというのが本音である。
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「私、はじめてじゃないの」
僕たちはその日、放課後の教室で抱き合っていたんだ。もちろん制服は脱いで。朝からついたままのエアコンは、三十人弱の生徒の熱を下げるためにはちょうどよかったが、ふたりきりの教室にはいささか強すぎる冷たさだった。
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僕は憶えている。君の美しい身体のラインや、夕焼けに染まった胸の膨らみについて。「最後かもしれないわ」とつむいだ唇のかたち、口調まで。そのときの僕は“最後”の意味がわからなかったし、知るすべももっていなかった。
僕は六月末に私立の高校に編入した。T大学に行かないやつはクズだと言われるような学校に。引っ越した家が学校の裏だったから仕方のないことだった。あれは親の陰謀だったのだろうか。今思えば、それらはよかったことなのだろうと思える。定時に帰ることのできる国家公務員という仕事につくことができたのだから。それに、君に出会えた。これがなければよかったと言えないだろう。実際には彼女のいない高校生活を送ったわけではないからどうにも言えないのだけれど、僕はそう思いたい。
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僕はおぼえている。娘のふっくらとした身体のラインや、日に焼けることをまだ知らない真っ白できめの細かい肌を。
高校時代の夢を見た。あの頃の、君と過ごした日々はきらきらと輝いて見え、目が覚めたときにはあらためて目の前の現実がくすんでいることに失望した。
毎日のように朝起きて会社へ行き仕事をして帰宅する。寝る。
妻は少し落ち着きのない性格だが綺麗だ。私を愛してくれている。先月で子供は三歳になった。子供が生まれてすぐに大きな家が建ち並ぶ閑静な住宅街に一軒家を建て、そこで暮らしている。なにも不自由のない生活。
飽きがくるといえば、怒られるだろうか。
「優子が通う幼稚園なんだけれど、どこがいいと思う?」
淡い色のワンピースを着た妻が、ローテーブルの上に資料を広げた。風呂からあがった私は、濡れた髪をタオルで拭きながら話を聞く。
「わたしは、私立がいいと思うの」
私立H幼稚園と記された冊子を引き寄せた左手の薬指には、ゴールドの結婚指輪が填められている。結婚したときから、ずっとそこで変わらず輝き続けている。
「ご近所さんも、ここに通わせているらしいの」
「へえ、そこでいいんじゃないか、ご近所さんと話もできるだろうし」
私は、娘がどこの幼稚園に通おうともあまり変わらないと思う。他の人間にもみくちゃにされて、自分というものは成長する。高校時代の私がそうだった。
それにきっと、私が賛成しようと反対しようと妻にとっては関係のないことなのだ。たいていの場合の答えは、イエス。それで事はまるくおさまる。ならばどうして妻は尋ねるのかといえば、女性は話すことが好きだからだ。必要以上のことを話そうと思わないのは男の思考回路なのだそうだ。
彼女曰く。
つづく

